
- 会社名
- 株式会社エー・ピーカンパニー
- 所在地
- 東京都港区芝浦3-13-16
- 資本金
- 2000万円
- 事業内容
- ・飲食店の経営
・飲食店の企画・運営
・飲食店の経営コンサルティング
- 設立
- 2001年10月29日
- ビジョン
- 日本の食のあるべき姿を追求する
- 売上
- 2010年3月期決算 (見込)37億円
2009年3月期決算 25億0806万円
2008年3月期決算 17億5700万円
- 株式公開
- 非公開
- 採用計画
- 2011年度新卒採用 40名
2012年度新卒採用 未定
2011年度中途採用 60名
- URL
- コーポレートサイト
http://www.apcompany.jp/
- 企業キャッチ
- 生産者と消費者の深い関わりあいを通じて、
新しい価値を生み、楽しい世の中をつくりだす





エーピーカンパニー:米山久社長生産者と直結した居酒屋展開「日本の食産業を豊かに」
宮崎県の地鶏「みやざき地頭鶏(じとっこ)」を提供する「じとっこ」や「塚田農場」、全国の漁港から直送した魚介を提供する「魚米」、ホルモン専門店の「芝浦食肉」などの居酒屋店を展開する「エー・ピーカンパニー」。産地に直結し、生産の川上にさかのぼることで「安い、うまい、新鮮」を実現し、「日本の食産業を豊かにしたい」という米山久社長に聞いた。
−産地に直結しようというコンセプトですね。
- 米山:
- 居酒屋をやろうとしたとき、せっかくだから専門店をやりたいなと思いました。居酒屋はブロイラーで、地鶏の専門店もあったけど高かった。地鶏の専門店なのに、居酒屋の値段でやれば、そこにチャンスがあるのではないか、というのが最初のコンセプトでした。そこで、生産までさかのぼって養鶏場をやりました。加工場をつくればもっとコストダウンできるよねと。自分たちでひなをつくっちゃおう、処理もしちゃおうと生産から加工、処理、販売まで一貫した産地直結のビジネスモデルが出来上がりました。農場が直営でやっているから、「安い、うまい、新鮮」というシンプルなブランドとしての約束ができたのです。
−起業のきっかけは。
- 米山:
- 動機は不純だったけど、金もうけがしたいと、20代のころから、自分で不動産業などさまざまなことをやっていました。それぞれ、それなりに成功したけれど、何か人に喜ばれる仕事がしたいと思ったんです。30歳のころ、3年ぐらいダーツバーをやっていたんですが、そこでお客様の喜ぶ顔を見たんですね。不動産は何千万円の土地を何千万円で売って、仲介手数料で何百万円が利益になる商売ですが、飲食は数百円のビールを数百円で売るというものすごいギャップがあった。でも喜んでいるお客様の顔が見えた。不動産ならそうした消費者の喜ぶ顔が見えない。その後、真剣に飲食業をやろうと04年にスタートしました。
−実際に開業した後はいかがでしたか。
- 米山:
- 最初は通常の半値で地鶏を出しているのですから、売れるのは当たり前です。ただ、もうけは出ない。ただ、売れているという事実はあったので、どうやったら商売になるかを考えました。行列ができるほど来てくれているというのは、安く地鶏が食べられるからであって、単価を上げるわけにはいかない。仕入れを下げるしかないのですが、そこで肉屋さんに交渉してもなかなか下がらないので、直接仕入れるしかなくなった。そこで、納品された袋に養鶏場の名前が書いてあったので、電話番号を調べて、連絡したらOKをもらえたんです。これで仕入れが半分近くになりました。それをやっていくうちに自分でつくればもっとやすくなるだろうと考えたのです。
−なぜそんな発想を。
- 米山:
- 地鶏は確かに原価が高いのですが、それが安く食べられるとお客様に受け入れてもらえました。「もうけは後からでいいや」と思ったんです。業界の適正価格や原価率に合わせてしまうと、同じ市場の中での勝った負けたになってしまう。全く違う世界で「ブルーオーシャン」を見つけて、新たな世界で勝負したいと思ったのです。
−オリジナリティーにこだわる理由は。
- 米山:
- みんなが右へならえというのが嫌いで、僕らが居酒屋を始めたころ、いわゆる「元気居酒屋」みたいのがはやっていて、必ず朝礼をやるみたいなものがありました。それをみんながマネするのはナンセンスだと思ったし、その前は「デザイナーズ居酒屋」みたいな内装を凝ったものもはやっていましたが、そこに興味はありませんでした。居酒屋をやる前に、不動産やブライダルなどいろいろな世界でやってきたときも、何かいまよりも新しい価値というか、一工夫をするといったことを常に考えてきたんです。
−産地と出会って得たものは。
- 米山:
- 第1次産業の実態を知って、大変だなと思ったが、生産現場に喜んでもらえて、この仕事の本質的な意味を感じた。目の前のお客様だけではなく、その先にある生産者につながるということで、自給率みたいなものも考えるようになった。僕らは消費者に一番近いところにいるので、その立場から第1次産業を盛り上げることができると気付いた。居酒屋は目の前のお客様を喜ばせて、接客をよくしてという喜びしか感じられなかったものが、日本の食や農業を変えるという壮大な社会的な意義を考えられるようになりました。飲食というのは人材難です。正直外食産業にはなかなかいい人材が流れてこなかった。こうした社会的意義のある仕事ということで、すごくいい人材が集まるようになったことも大きいですね。さらに人間は、命の犠牲によって成り立っていることを知りました。飲食にいるとお肉も部位別で来るし、冷蔵庫に入れずに何かを腐らせたりしたら、「原価が上がるだろう」といった注意をするんですが、いまは「何で命を粗末に扱うんだ」と注意するようになりました。また、産地を知ることで、自信を持って商品を提供し、語ることができる。塚田農場でも13農家の写真をメニューの表紙にもってきたり、価値を高めるプレゼントークができる。それは農家との深いかかわりがあるからなんです。
−農家の思いで印象に残ったのは。
- 米山:
- お父さんがキンカン山をやっていた人がいて、広島の大学を出たんだけど、キンカン農家をやって経費を払うと収入が月5万円とかで食えない。じゃあ一緒に地鶏をやろうということになって、キンカン山にネットを張って鶏を飼って、それまでの約5倍の収入を得られている。跡取りがいないのではなく、いるんだけど収入を得られないので離れていく。所得があれば農業をやりたいという人はたくさんいるんです。地元にいたい。多くの農家に待ってもらっている。地域雇用を生めばやっていけるということが分かりました。
−農家も変わった。
- 米山:
- 生産者の方はがつがつしていないんです。そこに競争原理を取り込んだ。鶏を飼っていれば済むというものではなく、ちゃんと愛情を込めて、温度管理や鶏舎をきれいにしたり、えさを工夫しないとひよこが死んでしまう。いかに育成率を上げるかが報酬につながるので、生産者の生産性が上がりました。そうすれば所得があがり、一石二鳥となり、農家も奮い立ってくれたんです。今では、3農家から13農家まで増え、宮崎日南の5万人の町に、100人近い雇用が新たに生まれました。
−起業を目指している若い人へのアドバイスを。
- 米山:
- 知識より知恵の方が大事だと思います。社会に出ていろいろな人から方法論などの知識は教えてもらえるけど、それだけではだめだと思います。知識を組み合わせて、知恵を振り絞ってオリジナリティーを考えないと自信につながらないと思います。常に工夫とかを考えてオリジナリティーを持つという視点が大事だと思います。マーケットに近いポジションにいて、ニーズをどれだけ感じられるか。よかれと思ってやってもうまくいかないのは、単なる自己満足になっているはずなので、何が刺さる、どこが伸びるとか常に探す姿勢が大事です。私もいつも人の顔を見るようにしています。従業員やお客さんの顔を見て、何が求められているのかを想像するんです。
−目標は。
- 米山:
- 目標というよりも、既に使命感になっています。産地を巻き込んでいる以上、自分たちだけの話ではないのです。全国にはまだまだ埋もれている食材がたくさんあります。第1次産業と深く関わり、日本の食を変えていきたい。我々は「6次産業」に向かっていると言っているのですが、1次、2次、3次を足してもかけても「6」になる。答えは見えていないのですが、川下の業者が川上にということは確実だと思うのです。「第6次産業」のリーディングカンパニーになって、食産業全体を豊かにしていきたいと考えています。
−お客様にメッセージを。
- 米山:
- 店を作るのもなるべくお金をかけないようにして、イニシャルコストを抑え、問屋もやり、リスクを背負ってでもいいものをどれだけ安くできるのかと、努力しています。チェーン店なのにうまい。一つの商品をつくるのに1年半ぐらいかけることもあるんです。そうしたこだわりがあるからうまいと、自信を持って言えます。























































